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「正しさ」の追求には幸せがない というお話。

こんにちは!

 

さて、本日のお話です。

「正しさの追求」について。

私たちは、
「私が正しい!あなたが悪い。」

とか、

「私が勝ち!あなたが負け!」

に、ついついこだわってしまいます。

これ、パートナーシップ、人間関係全般において
本当によくやってるんですよねー。

で、私がスクールで学んだのは、

「正しさの追求には幸せがない」

ということ。

 

例えば、パートナーの彼が仕事で多忙でハードワークをしているとします。

もっと仕事をセーブすればいいと思う。
ほったらかされていることも、私はとっても寂しい。

そう思う私が正しくて、
私の言うことに耳を傾けようとしない彼が悪い。

とかね。

正しいかどうかで言うと、
きっと、私の言うことが正しくて
彼が正しくないのでしょう。

でも、正しいか正しくないか、
いいか悪いか、を突き詰めていき

そして、
正しい私が勝った!
悪い彼が負けた!

と、

なったとしても、
さて
そこで何が残るのか?

ということだと思うんです。

悪い!負け!
にされた
彼は、
果たして気分がいいのか?
というとそうでもなく、
むしろ後味が悪いことの方が圧倒的に多いでしょう。

悪いことをしているーという罪悪感とか、
負かされたという敗北感とか失敗感とか。

 

では。
正しくて、勝っちゃった方の彼女はどうでしょうか?
一瞬の達成感と征服感はあるでしょうが、

彼のなんともいえない態度、雰囲気は
果たして欲しかったものなのか?
ということです。

そんな関係性のパートナーシップ、
人間関係を維持したいのか?
というと、
お互いに
嫌になっちゃうわけですよね。

 

「正しさ」の追求を手放そう

すごく難しいことはわかっていて
あえて申し上げるのですが、

どっちが正しいか?
に、ハマりそうになったら

とにかくそれを手放すことをお勧めします。

先ほどの例だと、

彼がハードワークで心配だ(という感情)
放置されて寂しい(という感情)

彼女を放置して申し訳ない(という感情)
でも仕事を切り上げられなくてつらい(という感情)

があるわけですが。

彼に放置されて寂しいのは「私の感情」であって
そう感じてしまうことに
いいも悪いもありません。

そして、
彼が放置していることがいいか悪いかは
本来、ジャッジできません。

なので、
コミュニケーションをとるのは、
この「寂しい」という
感情についてのやりとりをすること

寂しいからあなたが「悪い」
をやりとりすることではない
ということなんですよねー。

ついつい相手を責めたくなっちゃいますけどねー。