こんにちは!

今日のお話は、

私が、一人の人間として、
またセラピストとして
長年ずっといろんな体験をしてきて
本当にそうだなと
ようやく実感(お、遅いかもだけど)

したことです。

深く感じ入っていること

それは

「何とかしてあげようとすればするほど、なんともならない」

それと、

昨日も書いた「助ける」ということに関して。

「助けようとすればするほど助けられない」

というお話です。

実は対等ではなかった

これはどういうことかというと、

何とかしてあげよう

助けよう

とする時点で

自分 上

相手 下

という上下関係ができて
フラットな対等さがなくなることがあるんですね。

これだと、最初から

相手を非力な人としてみなしていることになる。

それって失礼な話にもなります。

相手の力、まったく信じていませんから。

信じられない相手だ、と実は思っているわけです。

だとしたら、

そういう相手を選び続けるかどうか?!
そこが自分の選択なんですよね。

ここで自分軸になる、ってことですね。

自分が神になろうとしている

そして。

相手をなんとかしようと思うと
パワーやテクニック、魔法、超能力・・・・

など、
何か自分の中に
特別さが欲しくなります。

そこが、神への挑戦でもあります。

自分も神に近づくんだいっ!と。

なお、この「神」というのがこの世を作った大いなる存在の意味もありますが、

人によっては「親」だったりもします。

これを「権威との葛藤」と言います。

なんとかされようとすると相手はどう感じる?

なんとかしたい、助けたい!と思われ方は
ありがたい反面、

そういう存在だと思われること自体が、
自分の価値が矮小化された思いになるので、
実はおもしろくなかったりします。

なので、
与えてもらうもの、助けてもらえていることに
反発したり
受け取れなかったりもします。

あらら、

せっかくあなたの
なんとかしたい意欲が
空回り~

となってしまう。

これがやってもやっても報われない。

じゃあもっとやればいいのかな
そうすれば達成感と私の価値が証明できるかも?

と、ここでまた権威への挑戦が始まります。

そして無限ループにはまっていきます。

ここからの抜け道は?

なんとかしようとしてもダメなので

まずそれをやめてみる

のも1つの手かなと思います。

何もしてはいけないとか、

何もしない、

というわけではなく、

なんとかしようとしない、

です。

この違いが大事かなと思います。

これニュアンスを説明するのが

すごく難しいのですが、

あえて言葉にするなら。

私には何もたいそうなことできませんから、

ぐらいの感じです。

私になんとかなるなら
とっくになんとかなってるし、

ですかね。

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