問題を作り出している原因・制限をはずし、心から望む人生にしませんか?

「気遣い」といいつつ、実は「気遣い」になっていない

こんにちは!

先日のブログで
「気遣い」っていいつつ、実は自分勝手、というお話を書きました。

これの続きを。

私たちは、憶測をします

自分の周囲の人たちに、

本当はあの人、こう思っているんじゃないか?
私にこうしてほしいと思ってるんじゃないか?

あるいは

ほっといてほしいと思っているんじゃないか?
声をかけないでほしいと思っているんじゃないか?

等、いろんな憶測、予想、予測、想像、妄想?、忖度?をします。

それ自体が悪いわけでないと思います。
勝手にそう思っちゃうことって山のようにありますからね。

 

でも、それって本当なのか?
というとそうじゃないこともあります。

 

私の場合に、結構多いパターンが
この憶測の上に、
勝手に自分の行動を決めてしまうこと、なんです。

こんなこと言ったら傷つくだろうなぁ
→だから本当のことを言えない。主旨の違うことを言ってしまう。

そっとしておくのがいいのだろうなぁ
→じゃあ何もしないでおこう

ということです。

これ、私なりの「気遣い」ではあるのですが、
相手が本当は何を望んでいるのか、わからないのに
そうに違いないと思ってやってしまうので、

超身勝手

なんですよね。

相手に訊いてみないとわからないのに。

という話は、
お客さまにはしょっちゅう言います
けどね。

すいません、自分のこととなると、へたくそなのがこのカウンセラーという仕事です。

 

なぜこうしてしまうのか?

相手に断られるとか、否定される怖れ
がないわけではありません。

それ以上に、前回の記事同様、

手を煩わせたくない
迷惑をかけたくない、

という気持ちが大きいように思います。

なぜかというと、その下には更に、

「こんな私なんて」

「こんな私は迷惑な存在だ」

という自己概念があるんですけどね。

あら、やっぱり自己価値の話になってきました。。。

(続く)