問題を作り出している原因・制限をはずし、心から望む人生にしませんか?

「法則」を単純に使えばいいってものじゃない。

こんにちは!

今日は「法則」について話をしたいと思います。

「法則」っていろいろあります。

物理で習ったような

「質量保存の法則」
「ケプラーの法則」

↑もはやまったく覚えてないけど・・・

きわめて現実的なものもあれば、

「因果の法則」

「引き寄せの法則」

のように、
スピリチュアル・自己啓発で言われるような法則もありますよね?

今日はこの後者の方について、最近感じたことを書きますね。

「法則」の危うい点

あくまでも私の実感でしかないのですが、

「法則」がこうだから、
こうすべきだとか、
こうあるべきだ、

というように、
「法則」に
自分がとらわれすぎたり
それこそのっとられてしまうと。

そこには、

「私はどうありたいか」
「私がどうしたいか」

がなくなってしまう。

そして、法則が自分に制限とプレッシャーを与えるもの
のようになってしまうと思うのです。

「法則」にとらわれるとどうなる?

例えば先日こんなことがありました。

私はもともと自分の思いを
「正直に」感じ、
それを伝えることが
とても苦手でした。
(そんな風に見えないと思いますがっ)

伝えたときに、
相手や周りがどう思うかが
いつも気になっていたからです。
これ、物心つけばこうだったので、
なかなか長いお友達です。

しかも小学校や中学校の時にいじめにあったこともあり、
更にひどくなりました。

(このあたりのことはまた別の機会に)

そんな私が、
周りの人がどう思おうが関係なく、
自分の心からの思いを伝えることで、
想定外の交流が起きました。

この時、私の気持ちはどうだったかというと
相手がどう思うかは関係なく
私がただただ伝えたいから、だけでした。

問題はこの後です。

「心からの思いを伝えることはいいことだ」
「心からの思いを伝えると相手と親密になれる」

という法則を自分で作ったんですね。

いや、確かに、この通りなんです。
この通りなんですが、

「だから、次も思いを伝えたらうまく行くに違いない」
という期待を持ってしまったのです。

成功体験として自信をつけるのはいいのですが、

「だから今度もうまくいくに違いない!」
という期待を持った時点で
自分のニーズやエゴ
になっちゃうんです。

で、そういうときは、
期待していたようなハッピーなことは起きないんです。

踏襲・反復すべきは
法則そのものではなく、

「自分の思いを伝えたときのあのノーマインドな状態」

なんですよね。

あらゆる期待を手放す

じゃあどうしたらいいのか?

まず、法則を使うときは

あらゆる期待を手放していく必要があると思います。

ま、持ってはしまうと思うのですが、
持ったら手放し、を何回も何回もやって
本当に自分がフラットであること
そういう状態で使うことだと思います。

結果はサレンダー(委ねる)。

 

私が学んだアクセスコンシャスネス®でもよく出てくるのは

「あらゆる投影、期待、批判、分離、拒絶を手放し」と。

これぜーんぶエゴそのものであり、またエゴを作り出すんですよね。