桜がすっかり満開になりましたね。

私の住む地域は、山、公園、川沿いに桜が溢れ、花見にわざわざ出かけなくても、堪能できます。

写真を撮りたかったところなのですが、なんとリアカメラのガラスが割れてしまい、レンズが白内障状態なので、かなわずです。
(というわけで、ダウンロード素材の桜・・・)

桜は美しいと思います。
でも私にとっては、幼い時から、あまりこの花とシーズンが好きではありませんでした。
新学期、入学を迎えることの苦痛。
社会人になっても同じです。異動、新体制への適応。
結婚したのは3月、手術をしたのは桜満開の4月初旬。
昨年、心身とも崩したのも春。
そんなことの連続でした。

特に今年の桜はことさらもの悲しく感じます。

昨年の9月、父に末期の肺がんが見つかった時、
テレビドラマのように、私だけが医師に呼ばれ、
「来年の桜は見られない。何も治療しなければ、正月も難しい」と告知されました。

たった2か月の闘病生活で、治療しても正月が迎えられませんでした。
桜は見れませんでした。
やっぱり私の中では、悲しい思いが募る花であり季節なのです。

父がいない寂しさを日々感じているのと、最期の断末魔の顔が私の中でトラウマになっていて、
苦しい夢を何度も見ています。
あの顔の状態で、実は生きていたと床から立ち上がった夢、
あの顔でベッドで寝ている横で、母まで苦しんでいる夢・・・

父は余命を告知されて闘病生活を送りましたが、
私が苦しくなるのは、
父が死ぬために生きていたことです。
もちろん本人は生きたいから生きている。

でも、いずれ死ぬ(しかも数か月で)と言われて、絶望するしかないのに、それでも生きている限りは生きるしかない。
いずれ死ぬために日々を生きる。

人って簡単に死ねないんだ・・・・。

2か月余り生き地獄としか私には思えませんでした。

(告知を受けてから)こんなに早く死なないといけないなんて。と泣いた父の顔。

父は死にたいとは言いませんでしたが、
苦しいから、死にたいから、早く死にたいと思っても死ねないまま、死ぬまで生きていかなければならない。

なぜ生きなければならないのか?
この問いには、生きているから、としか答えがないように思います。

生物学的な答えともいえるし、
宗教的・哲学的な答えともいえるし、
少なくとも、心理学には答えがない、と。


どうしてもっと早く病を見つけてあげられなかったのか?
少し元気がないなと思った時になぜ強引に病院に連れて行かなかったのか?
自分の身体のことで精いっぱいで父のことを見ていなかったことへの後悔は尽きませんが、

生きているから生きていた父は、死ぬために生きる期間が、
2か月で済んだ、それでよかったと思うようにしています。

がん検診もない太古の時代同様に
発見もできなかったかわりに
末期ガンの状態を迎えたのだ、と。

天職に出会い、
多くの方にお付き合いいただき、
ずっと元気で好きなことをして過ごし、
病気かと思ったら、
桜のように散ってしまいました。




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