こんにちは。
死を迎えるプロセスが、いろいろ、ラッキー、ツイていることだらけの父ですが、他にもいろいろあるんです。
葬儀ですが、当日が友引のため、1日ずらすことになりました。
なので、通常、亡くなった翌日通夜、その翌日葬儀、
のところ、
もう1日、自宅で過ごす時間がありました。
家族としては、余裕をもって準備ができるのでとても助かりました。
出費として、ドライアイスが1日余分(5000円)にかかった程度ですし。
その夜は、妹二人が父の布団のそばで寝ていました。
私も寝たかったのですが、すぐ隣の部屋だし、父と暮らしていた私は十分一緒に寝た(笑)ので、譲りました。
翌日、納棺師さんがやってきて、身繕いスタート。
なかなか見れる機会ないので、立ち会わせてもらいました。
綿を詰め、死に化粧を施し・・・
「お父さん、やさしい顔をされてるし、肌色もいいので、手を加えることがない」
とで、少し綿を詰め、うっすらベージュの紅をさすだけでした。
やはり闘病の状態によってはとても苦しいお顔で亡くなられる方もおられるそうで、笑っているかのような優しい顔でよかったですよね、と。
そのあと、死に装束に着替えさせるのですが、通常、葬儀社が持ってきたものか、手元にある和服になる。それは死後硬直で、洋装では特に腕が入らないから。
難しい時は関節を外すこともあるそうで。
父からは昔、モーニング(礼装)を棺の中に入れてくれと言われたことがあったので、
それを準備していたのです。
葬儀を遅らせた分だけ、通常より、死後経過しているのに、硬直もほとんどないのでチャレンジすることになりました。
20年も前、ふっくらしたときのものなので、全体にとても大きいのに、
いざ着せようとすると、カッターシャツがいちばん大変。
片方の腕を通した後、もう片方が簡単には通らないのです。
いかに普段、人間が複雑な動きを無意識にやりながら、うまくシャツを着ているのかがわかります。
それでも、なんとか着せました。
ネクタイだけはわからなくて、妹のだんなさんが結んでかけてくれました。
そのあと、納棺したのですが、父は175cmあるので、棺もジャストサイズ。
これももし合わなければ足を曲げるしかないんですよね。
こういう細かいことでも、とにかく、ラッキー、ツイてることだらけ。
お天気ひとつをとりあげても同様です。
父は、余命を知ってから
「正月まで持たないなら寒い時の葬式だから、来る人に申し訳ないな」
と言っていました。
が、
なぜか例年になくコートもいらない暖かい晴天続き。
しかもコロナの再流行直前で、まだ足を運んでいただきやすい時期でした。
そのあとも、ずっといいお天気で、汗もかくほどで、
家の片付けもはかどり。
やはりすべてがラッキーで、ツイている。
第三者的にみればどってことない話ばかりなのですが、残された身になると、
「あーよかった!」
と思えることが多いと、慰めになります。
どんなことでも、そう思えるようになったら?
いいこと探し、ラっキー探しが当たり前だとしたら、
基本、そんなことの連続で生きているのかも。