毎朝、新聞を読むとき、
ダイニングのテーブル上に広げるのではなく、
テーブルの下に行き、
床に広げ、
体操座りで読むのがルーティーンです。
その姿を見て、母は、
「小さい頃と同じだなぁ」
と思っていたらしいのです。
(今日知ったんですけどね)
私には年子で妹が2人いたので
小さいときから1人で遊ぶのが得意。
私自身はまったく覚えていないのですが、
本を読むとき、
いつも部屋の隅に行き、
本を床に置いて
体操座りをしながら読んでいたそうなんです。
小さいときにやっていたことは
大人になっても無意識に・自動的にやってしまう、ようです。
ありがちな目線だと、
「2人の妹の育児で大変だった母に迷惑をかけないよう、
部屋の隅で読書にふけっていた、気丈でかわいそうな長女」
↓
この孤独感を癒さなくてはー!
なーんてことを思ってしまいがちですが、
想像するに
私がそんな切ない思いでやっていた感はないんですね。
むしろ
私にとっては外界と遮断され、
偉人の伝記やグリム童話などが好きだったので
その世界に浸りこんでいた楽しい時間だったように思うのです。
今でこそ部屋の隅ではありませんが
テーブル下は、
外界とシャットダウンできる時間なのかもしれません。
確かにその間、両親の朝からくだらない話とか
テレビのニュースとかは耳に入ってこないですもんね・・・。
なので、私の
「体操座り+床で読む」に
心の痛みはなさそうなので
癒しの対象にならず、です。
支障があるとしたら、ですが。
そういえば昔から、電車の中で読書があんまり得意ではないんですね。
床に座れないから、なのかも?!
実は電話カウンセリングも
床座り。
面談カウンセリングも床にカーペットが敷いてある部屋では、座ること多々。
結婚しているとき、当時の夫からは
「なんですべてのものを床に置くの?」と質問され、
理由なんてなかったのですが、
ようやく謎が解けた気がします。
本日のおいしいマフィンも床置き。