問題を作り出している原因・制限をはずし、心から望む人生にしませんか?
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ごめんなさい、以上に、ありがとう、の言葉が功を奏するとき。

先週の月曜日は既に酔っぱらっていましたが、
22時にテレビの前で座り。
そしてあの生中継を観ました。

そこで感じたなんだかしっくりこない感。
なぜなんだろう??

それは、
「不安にさせて、迷惑かけてごめんなさい」
と、謝罪の言葉で終わっていたからじゃないかな?と。

シナリオがあったという噂もありますので、
彼らの本心からの言葉ではなかったのかもしれません。
本当はもっといろいろ表現したかったのかもしれません。
なので、あれ以上のことを求めるつもりは全然ないんですけどね。

今回の件について、ジャーナリストの長谷川豊さんが「リスク管理」という観点でブログを書いておられます。
表明すべきは、ファンへの感謝。
経営者がリスク管理のプロを雇い、
この一言を言わせていたら違っていただろうとのことです。

なるほどなぁと思いました。

心理的に観ても、な話なのですが。

彼らの、お騒がせてしまった、という「罪悪感」と、
(本意ではないかもしれないけど)こうするしか術がないという「無力感」にまみれた姿。

これを見た私たちは

・解散しないで!と要求したことで、かえって苦しめてしまったのではないか?
・こんな苦しむ姿で、テレビに引っ張り出させたのは私たちのせいなのかな?

という罪悪感。

・応援してもなお、こんなに苦しむ姿しか見れなかった

という無力感。

そして。

・彼らをこんなに苦しめた人を糾弾したい!

という攻撃心

を自分の中に感じませんでしたか?

グループの今後について明確な意志表示がなかったこともあり、

「心配した気持ちや応援した気持ちが役に立ったような立ってないような・・・」

と、私たちの罪悪感や無力感が中途半端に刺激され、
その行き場のない気持ちが攻撃心になり。

だから、すっきりしなかった、のだと思います。

長谷川さんのご指摘通り、
「応援してくれてありがとう」
という「受け取り」の言葉があれば、もう少し落ち着けたのかもしれません。
(剛くんだけ、感謝、という言葉が入っていましたが・・)
そこは事務所さんがうまく立ち回ってほしかったなぁと私も感じました。

(今回のことが謝るべきことだったのかどうか
私にはわかりませんが)
謝るべきことは謝るとしても、
「ありがとう」という受け取りの言葉はとてもパワフル。
「ありがとう」はすべてを癒していきます。

与えた側とのキャッチボールがあるんですね。
「ありがとう」と言われたら、こっちの気持ちを受けいれてくれた!
わかってくれた!という喜びを感じられるんです。

「ごめんなさいorすいません」というフレーズの多い方。
ぜひ、「ありがとう」に置き換えるか、追加してくださいね。