問題を作り出している原因・制限をはずし、心から望む人生にしませんか?

「授業で挙手ができない子」の意志も尊重する。

私にしては珍しく子供・教育ネタですが、
実は教育学部出身・教員免許持ちなんです。
(使ったことないまま押入れのどっかに消えたけど)

小学校に教育実習に行った時のことです。

その時の指導教官をしてくださった先生の言葉。
今でも私は忘れられないんですね。

この問題の答えがわかる人~!
と投げかけたとき。
手を挙げてくれる子が教師にとってはありがたい。
でも、手を挙げたくても挙げられない子もいる。
挙げるのがばかばかしいと思っている子もいる。
挙げない子の気持ちも尊重したいと
私は思っている、
と。

確かに私たちは小さいときから
「手を挙げましょう」
「発表しましょう」
といって挙手を求められる授業の連続だったように思います。

挙げない子=悪い子、ダメな子

そう思ってきました。
(これが、心理学でいうところの「判断」「裁き」)

実習とは言え、教師側に立つと、
手を挙げない子を見た時に、
ついイラっときたり、
あるいは、私の教え方がまずいせいかな?と責めたりもしました。

そんな私たち実習生の心の中を指導教官はわかっていたんですね。

先生の言葉。
実はとてもカウンセリング的な視点。

挙手ができない子を受け入れる。
尊重する。
そのうえで、なぜなんだろう?と寄り添う。

これ。あらゆる場面に応用できると思うんですよ。

うちの夫・子ども、彼・彼女ってどうしてあれができないんだろう?
あんなことしちゃうんだろう?

きーっ!腹が立つ。
ホントダメなやつだわー!
許せないっ!

そう思うところを。

できない・やらないのはなぜか?分析までできなくていいので
→ここはカウンセラーと一緒の方がいいと思います。

「寄り添って一緒に感じてみる」
だけでも、何か違う展開があるのかもしれません。

あ、もちろん、自分に対してもですよ。
やりたくないと思っている私。
そかそか、やりたくないんだよね、といったん寄り添う。

寄り添うことなく「なんでおまえはやらないだー!」と自分で自分を裁く。
だから苦しい。