問題を作り出している原因・制限をはずし、心から望む人生にしませんか?

お客様からのご質問「信頼できない彼からも、受け取るべきですか?」(完)~彼がどこで誰と何をしようと、私の幸せ!って思えるのでしょうか?

昨日からの続きです。

質問者さんは、

>本当の愛は、彼がどこで、誰と何をしていようと、
>彼が幸せなら、それが自分の幸せになる、とカウンセラーさんは言いますが、
>とても難しいですよね。

と書いてくださっています。

これ、私はあんまり(ほとんど?)言わないカウンセラーです。

極端な言い方になりますが、
目の前で浮気相手とのセックス現場見てても、
あぁ幸せ!なんて思えるんでしょうか??
(これが原因で?別れた芸能人夫婦がいらっしゃったような・・・・)

私はムリです。
そんな趣味を持つマニアでもないし、いくら心理学じゃのなんじゃの
勉強してきてもこの悟りまでは至りませんでした。

「相手が何していようとOKなのが愛だ」というのは、
「それぐらいの気概を持って、腹をくくらないと、このタイプの彼とやっていくことは大変だよ」
っていうスローガン?指針?みたいなものだと私個人は理解しています。

実際、「彼はああいう人だから」、と割りきってお付き合いや結婚生活を継続している人もすごく多いと思います。

そういう選択もありだと思うし、それで自分が幸せ(あるいは幸せではないが不幸でもない)なら、ありでしょう。

なぜなら、「幸せの形」とか、「不幸ではない形」って人それぞれですし。
何を、どこまで求めるかって最後は自分が決めることですしね。

私が思うに、浮気した彼を許せるのは、自分の中にある「神様部分」だと思うのです。
それはきっと本来みんな持っているもの、です。
ところが、人間なので、常時神様状態ではいられないですよね?
あるいは、神様部分を自覚できないという方もいらっしゃるかも。
だったら、神様は自分の外(宇宙?)にいらっしゃるものとして。

「神様、あたしの代わりに許し、愛してあげてください。あたしにゃ神様の3%ぐらいしか無理なんですわー」

って神頼みにして、自分が楽になれるならアリだと思うんですよ。

私は特定の宗教を信仰していませんが、神様仏様というのを使わせていただくとしたらそういうことかと。

信じたいけど信じられない、で苦しむならば、
「信じようとすること」を手放すこと。
私は信じられないけど、神様仏様なら信じてくれるだろう、と委ねる。

腹が立って悔しくても、それでも、都度、許す。
彼の浮気に傷ついた気持ちや憎しみを、手放すことに挑戦する。

じゃあ「許し・手放す」のは誰のため?

私は、彼のためというより、自分のためだと思います。
だって彼が大好きで、浮気されても別れたくないと思っている自分のため
できたら、そんな彼ともっとハッピーになりたいと思っている自分のため

※昨日の繰り返しになりますが、そういう彼といるには、毒食らわば皿までじゃないですけど、
マニアと言われようが好きなものは好き!と腹をくくる必要はあると思います。
好きなんだからしゃーない、ってやつです。

だって自分の人生ですもん。

もし、浮気に悩み続け、疲れ果て・・・
そこで別れを選ぶのもありでしょう。
あなたを愛のない人だと誰も言わないと思います。

これは心理学の話ではなくって
かつてお遍路しながら、勝手に私が悟ったことです。

人は完全な神様や仏様になりきれないので、無条件の愛とか慈悲の心とか
そう簡単に持てなかったり、続かないものだと思います。
そこを目指して努力したりもがいたりするのが人間で、
人間らしくもあり、その「歩みこそが尊い」のではないか、と。

これは真剣にそう思ってます。